自分を動かす

定期的に温泉に行くのは「裸」でいたいから。

どうも、田中新吾(@Shingo_tna)です。

巷ではタナシンと呼ばれています。

こないだの日曜日、比較的大きめのイベントをプロデュースして、それを終えて安堵したのか風邪を引きました。平成最後の夏風邪です。言いたかっただけ感もあります。熱はないけど喉が痛くて体がだるい。そして台風通過の影響もあってなんか調子が上がりません。どうでもいい話ですみません。

さて、今日のブログは「裸」です。昼間からけしからんと思わないでください。

「裸」になりたいと思ったら温泉に行く

僕は温泉が好きなので定期的に入りにいきます。今住んでいる場所から車で30分も走ればそこそこいい温泉に入れるんですよ。

今は夏場なので1ヶ月に2〜3回ですが、秋冬になればキャンプに行った帰りに入ったりもするので回数はさらに増えます。

どうしてそんなに温泉に行くのか?「疲れが取れる」「リラックスできる」「温まれる」など理由を挙げよと言われればいくつかありますが、最近、「裸になりたいから」というのもあるなと思ったんです。

別に「露出狂」というわけではなく、ここで言っている裸というのは「精神的な裸」のこと。

僕たち私たちは毎日のように、服を装い、人と会い、話をして、食事をしたり遊んだり、仕事もするし、買い物もする。そんな当たり前の営みの中で、気づかないうちに「見えない装い」を次々と着ていると思うんです。見えない装いというのは、見栄、虚栄心、変なプライド、人によく思われたいなどのこと。

見えない装いをすることが「人間らしい」と思う一方、その状態でするコミュニケーションは気持ちがいいものではありません。少なくとも僕はそうです。だから温泉に行き、素っ裸の状態をつくり「意識して」その装いを一つ一つ剥がそうとしているのだろうなと。そのおかげか温泉から出たあとは、心身ともにだいぶととのってます。

会話は言葉の「セックス」

「会話は言葉のセックス。だって相手とわかりあえて気持ちいいじゃない?」

前に、SUSONOのイベントで糸井重里さんがおっしゃっていたことを今もまだ大切にしています。僕は人と話すことが好きなのですが、そのとどめの理由によく使わせてもらっています。受け手にもよりますが、破壊力抜群。

でも、もう少しこの文章を考えると、気持ちがいい会話というのはお互いに「見えない装い」がない前提だと思うんです。実際の行為を考えても分かること。これは想像してください。

装いがない方が、何もかも気持ちがいい。最高です。

さいごに

今日のブログの元ネタになっているツイートがこちら。

ちなみに、TRAVEL Now の初回キャンペーンでゲットした「無料入浴券」があるので、来週はそれを使って裸になってこようかと思っています。ひとり、ふたりでいく温泉もいいけど、温泉同好会のようにみんなでいくのもいいよなあ。

ともかく早く、風邪を治したい。

それでは今日はこの辺で!

ABOUT ME
田中 新吾
1986年生まれ。元マーケター。現在は、中小企業のコミュニケーションのクオリティや導線をデザインする「コミュニケーション・ディレクター」が主戦場。webメディア『Point of View』の執筆者/管理人。白湯を愛するサユラー。

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