ワークライフスタイル

あらためて「個の時代」の意味を考える。

どうも、田中新吾(@Shingo_tna)です。

巷ではタナシンとも呼ばれています。

 

先日、こんなツイートをしてみました。

ということで、今日はこれについて少し補足をしておきたいと思います。

次の時代のチームを考える時間

 

「個の時代」と言われるようになって久しいですが、最近あらためてこの意味について考えてみました。

 

上のツイートにも書きましたが、いくら個の時代といえどやっぱり個としてできることは限られているとぼくは思います。

 

これは歴史的に見ても明白だし、サッカーなどのチームスポーツを考えてみても明らか。

クリスチアーノロナウドもメッシも、チームの中で個が輝きます。

 

でも、企業に目を向けるとそのチーム自体が機能しなくなってきてしまっているようにも思います。チームが機能しなければ個にならざるを得ないというのも分かる。

一方で個人のパフォーマンスで人生を切り開ける可能性が高まってきたのもたしか。

 

しかし、最初に言ったとおり、個としてできることが限られているという前提はやっぱり変わりません。

 

じゃあ結局、今何を考えなきゃいけないかというと、きっと新しいチームの在り方なんだと、僕は思います。

つまり、個の時代というのは、次の時代のチームのことを考える時間ということなのかと。

 

あらゆるところで個の時代と言われているので、それを見聞きした僕たちは、みんな揃って個を磨くわけですが、

本当はその次の時代のチームのことを考えることをしなければいけない時代なのかなあ、と思ったり。

次の時代のチームについて考えてみる

 

漫画キングダムに出てくる主人公の信を見ていて思うんですが、やっぱり人間の本能からすれば大将が突撃する方が部下もついていきやすいのだと思います。

 

でも、合理性を考えた近代の組織戦ではそれをやりたくてもすることができませんでした。

なぜか?

 

答えは簡単で、それをやってしまうと合理性が損なわれてしまうからです。

ぼくも大学生の頃こうやって教わってきましたし、今でもその価値観で動いているところがあります。

 

でも、この先はどうなんでしょうか?

 

おそらくですが、AIなどのテクノロジーが普及し定着した社会においては、きっと合理性の部分は、人ではなくテクノロジーが担当するようになっているんだろうなと思うんです。

周りを見渡しても、現にそうなってきているところはたくさんあります。

 

 

こうやって考えると信のような大将が、戦場のトップラインでグイグイ仲間を引っ張るように動くチームがたくさん出てくる未来が来る、と想像するのもあながち間違いではない。

 

今よりもずっと「人間的に動くチーム」が登場する可能性があるということ。

 

あくまでたとえばの話なので、こうなってくるかどうかは正直分かりませんが、

こんな感じで、次の時代のチームのことを想定していかないとなあ、と考えている今日この頃です。

まだまだ漠然としたところが多いんですが。

さいごに

 

僕はチームラボも、チームサカナクションも好きなのですが、なんか「チーム」ってつくとやっぱりかっこいい。

そして、ワクワクさせてくれるのはやっぱり個人よりもこういうチームだと思います。

 

最近まわりで、面白いと思うチームが作られてきているので、そのあたりの動向は要チェックしつつ、自分だったらどんなチームをつくるか?をいっぱい妄想していこうと思います。

 

それでは今日はこの辺で!

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとって、何かしらの参考になったら幸いです。

ABOUT ME
田中 新吾
マーケティング会社でキャリアを積み、現在はコミュニケーションデザインという領域で活動しているコミュニケーション・ディレクターです。チョコバナナが好物です。

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