インプットの視点

自らがコントロールできるもので欲求を満たす。

ここ数日の間「コントロールすること」について考えることがあったので、ブログに書き残しておこうと思います。

個人的には結構重要な思考ができたような気がします。

何かをコントロールできている時は気持ちがいい

何かをコントロールできてる時は、気持ちがいいし、幸せになれるし、この次もがんばろうと活動的になれる生き物が人間です。

身近な例で考えてみてください。

今まで解くことのできなかった数学の問題がスラスラと解けた時。

使い方の分からなかったソフトが自由に使えるようになった時。

サッカープレイヤーであれば、自分の思うままにボールコントロールが出来た時。

こういう時ってきっとほとんどの人が気持ちいいと感じるはずだし、幸せな気持ちにもなるだろうし、この次もまた頑張ろうと思うはずです。

ではなぜこのようなことが起きるかというと、それは人間の中には食欲、睡眠欲、性欲の3大欲求以外に、それらと並ぶくらい強度のある「コントロール欲求」というものが備わっているから。

何かをコントロール出来ていることがこの欲求を満たし、僕たち私たちの感情や行動の引き金になっています。食欲、睡眠欲、性欲の3つが顕在化してくる以外の時間は、このコントロール欲求を満たすために使われていると考えることもできます。そのくらい僕たち私たちにとっては大きいな存在。

コントロール欲求については、以前読んだフロムダさんのこの本で学びました。

コントロールできないものまでコントロールしようとするのはやめた方がいい

この欲求が思いのほか強すぎるがゆえに「なんでもコントロールできるもの」と思っている節が人間にはあると思っています。

一度コントロールの味を占めると、満たされるまでそれを続けよう、広げようと思うのは動物なので当然のこと。

そして、コントロールできないようなものもコントロールをしようとしはじめます。例えば、他者。例えば、自然などが挙げられます。

でも、これは言うまでもないことですが、コントロールできないものをコントロールしようとするのは絶対にやめた方がいいです。なぜなら、先ほど、コントロールできると気持ちがよくなって活動的になると書きましたが、全く逆の結果になってしまうから。

「コントロールできている」という幻想に包まれている一瞬は気持ちいいかもしれませんが、それが解けた後には、相手にはもちろん自分にとっても全くいいことはありません。

だから、他人をコントロールしようなんて絶対に思わない方がいいし、しない方がいい。

自らがコントロールできるもので欲求を満たす

しかし、他人をコントロールするのはよくないと頭では分かっていても、やっぱりしようとしてしまうんです。

それが人間だから。人間らしくてとてもいいなと思う反面、この欲求に悩んでいる人が多いのも事実だと思います。

では、どうしたらいいのでしょうか?

僕の中での現時点での結論は「自らがコントロールできるもので欲求を満たすように努める」ということです。

どうしても他人をコントロールしたくなってしまうのは、要するにその人が「コントロールの欲求不満状態にある」ということだと思うからです。

欲求不満と考えれば、何かで欲求を満たさなければ死んでしまうので、その欲求を満たすために他者に目が向くのもごく自然のことなのかと。

であるならば、この状況を理解した上でどうにか他者でその欲求を満たさなくていいように欲求を満たす方法を考えます。そうすると答えは一つしかなくて、自らがコントロールできるもので欲求を満たすという道が浮上してくる。

自らがコントロールできるものというのは、例えば、決めたことを守るとか、できなかったものをできるようにする。とか当たり前のように聞こえると思うけど本当にこういうことだと思うんです。

それらを軽視せずに粛々とやること。地道だけどこうすることでコントロール欲はきっと満たされていくはず。その結果、他者との良好な関係に繋がっていくのだと思います。

さいごに

なんだか抽象的な着地になってしまいましたが、ここ最近思考していたことの主要な部分は書き出すことができました。

もしかしたら、図などを使って整理していったらもっとまとまるのかもしれません。時間があるときにやってみようかな。

今回のブログの元になっているツイートはこちらです。

この記事が何かしらの参考になれば幸いです。それでは今日はこの辺で。

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