マネジメント

「自分と社会の血流をよくする」という行動指針についての話。

2021年の行動指針が整ったので備忘も兼ねて書いておきます。

この記事で言いたいことは、まとめると以下のような内容です。

今年の行動指針(大)は、

自分と社会の血流をよくする

今年の行動指針(中)は、

1. 自分の血流をよくする

 1.1 血をつくる、増やす、流す

 1.2 体温を上げる

 1.3 金融資本を運用する

2.社会の血流をよくする

 2.1 コンテンツをつくる、増やす、流す

 2.2 バリューディレクションに力を注ぐ

です。

私にとっての行動指針とは「まだ見たことがない世界を見るため方針」と言い換えることもできます。

さて、言いたいことは最初にまとめて言ってしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

それから先に断っておくと、私は「血管の専門医」でもなんでもないのでその点についてはよろしくお願いします。

2020年初頭、私は7つの行動指針を掲げた(facebookより)。

これらが一年間の判断や行動を支えてくれたのは言うまでもない。

だからこそ、新しく掲げた行動指針(自分と社会の血流をよくする)は、2020年からの地続きで策定している。

2020年の行動指針はいずれも「よかった」。

が、中でも特段、私の価値観を大きくアップデートし、カルチャーフィットしたものに絞り込んで、今年は方針を立てようと考えた。

要は「選択と集中」である。

そしてそれが「血流をよくする」であった。

実はこの決定自体、去年掲げた「7.自分だけの実験をする」ことでもあって、絞り込みのプロセスで今年の行動指針に自然と吸収されていったものも中にはある。

しかし、基本的に行ったのは「劣後順位」の決定だ。

すなわち、やらないことを決めた。

劣後順位の決定においては、「古いものの計画的な廃棄こそが、新しいものを強力に進める唯一の方法」という経営学者 ピーター・F・ドラッガーの知見を参照している。

ここから先は本題の「自分と社会の血流をよくする」についてもう少し深掘りしていく。

1. 自分の血流をよくする

私がこれほど「血流」を意識するようになったのは2019年にまで遡る。

キッカケは、富士山の麓にあるプライベートサウナの体験だった。

この時「血流すげえや」と心の底から思ったことが端緒となっている。

それから今に至るまで、「血流」や「身体」に関する文献をできるかぎりあたり、自分にとって有効な知見を探すことが日常に組み込まれた。

そして、去年一年間の試運転を経て、成形されたのが「1.自分の血流をよくする」である。

この指針はさらに、

1.1 血をつくる、増やす、流す

1.2 体温を上げる

1.3 金融資本の運用する

という三つに大別され、今年はこれらの方針に従い判断や行動をしていく。

例えば、「血をつくる」のは「胃腸」であることから「胃腸をよくする」ことは、1.1においてきわめて重要事項だ。

・定期的な間欠的断食

・自律神経を整える

・鉄瓶で沸かした白湯を飲む

・朝ごはんを食べる

・食事と食事の間を最低4時間あける

などはすべて「胃腸をよくする」ための具体的な行動になる。

体の隅々までめぐる極細の毛細血管は、血流の変化によって減ったり増えたりしているわけだが、血管をつくるにもまず「血流」だという理解。

そして、「体温を上げる」ことでも血流はよくなる。

逆に、体温が下がる(低くなる)と、血流が悪くなり脳や内臓に必要な酸素や栄養が運ばれず体中の機能に悪い影響が出てしまう。

眠っている間の人の深部体温は「1〜1.5℃下がる」と言われており、35℃で活発に増殖するがん細胞にとって睡眠時は絶好のチャンスとなる。

要するに、平熱が低い人であればあるほどがん細胞が増えやすいということ(平熱36℃だと睡眠時に35℃以上にならない)。

したがって、体温をあげることは、血流をよくするのみならず、「病気に強い身体づくり」にも効果を上げる。

「体温を上げる」ための行動は、例えば以下のようなものである。

・体温チェック

・毎朝散歩をして日に当たる

・日々の低強度のトレーニングとたまの高強度なトレーニングの習慣

・腹巻をして過ごす(日中は薄手、夜は少し厚手)

・寝るまえに完全呼吸を行う

・目覚めと共にストレッチ  

1.1と1.2はリアルな血流をよくするための指針であるのに対して、1.3はそうではない。

が、「金融資本を運用する」も「自分の血流をよくする」ことであるとして、今まで以上にしっかり取り組んでいく所存である。

1についてはざっくりこんな感じだ。

<参考文献>

次に「2.社会の血流をよくする」について。

2. 社会の血流をよくする

ここでいう「社会」とは、いわゆる「世の中」のような「大きな社会」を指してはいない。

強い当事者意識で関わっている地域、企業、そしてコミュニティ。

懇意にしていただいている友人、知人そして恩人といった世の中よりも「小さな社会」を指している。

私はこうした社会の血流をよくすることに傾注し、貢献していきたいのだ。

では「社会の血流」とはいったい何なのか。

この考え方は人の数だけあって当然で、中には「物流」という人もいるだろうし、「経済」という人もいるだろう。色々あっていい。

ただ、私に限って言えば、それは「人の動き」と「価値の動き」であり、それらに貢献することで、社会の血流をよくしていきたいと考えている。

ゆえに、

2.1 コンテンツをつくる、増やす、流す は「人の動き」へのアプローチ

2.2 バリューディレクションに力を注ぐ は「価値の動き」へのアプローチ

という整理をしている。

「人の動き」へのアプローチは、主に「ブログコンテンツ」になるだろう。

やることはシンプルで、ブログコンテンツをつくり、増やし、流すことをしていく。

実際、私が運営しているこのブログメディアでは、「人の動き」をテーマとしており、「他者を動かす」のが「コミュニケーション」であるのに対して、「自分を動かす」のが「マネジメント」として執筆を続けている。

例えば、以下のような具合だ。

「やる気」があれば習慣を始められるかもしれないが、習慣を続けられるのは「自分のアイデンティティの一部」になった時だけ。

「必要最低限にしか知り合わないコミュニケーション」に慣れきってしまっているからこそ、価値があると思うこと。

「面倒くさい」という「老化」の原因に立ち向かう手段は、色々とありそうなことが分かってきた話。

いずれはここに「チームを動かす」も加える予定。

自ら経験したことを、理屈に変えて、ログして、コンテンツにする。

これを反復運動的に淡々と行っていく。

その結果として、上のような社会の血流をよくすることに少しでもつながればもう御の字である。

「価値の動き」に対しては、

バリューディレクション」という専門性をもって事にあたる。

バリューディレクション(VD)というのは、私が勝手に名付けたものであるが、

①新たな価値の発見や再定義(Value Design)

→リサーチ&コンサルティング、ミーティング

②言語化やデザインによる価値の見える化(Value Creative)

→コンセプト構築、ネーミングデザイン、ロゴデザインなどのCI・VI・XI、プロダクトデザイン、webデザイン、コピー開発、ライティングほか

③価値に人が集まる仕組みづくり(Value Marketing)

→webメディア、LP、紙メディア、リアルメディア、コミュニティの開発運営ほか

を行っていく仕事の総体としている。

哲人 マルクス・アウレーリウス の言葉、

ものの内部を見よ。いかなるものの固有な性質も価値も、君の眼を逃れることのないように

にあるように、「価値」はあらかじめ自存している。

価値とは、それを受け取り、「これには価値がある」と思った人が現れてはじめて、そこに価値が生まれる。

これは、「贈与」の文脈で内田樹さんがよく言っていることだ。

これこそが「価値の動き」であり、

社会の中を流れる「大切な血流」の一つだと私は思う。

だからこそ、微動だにしていない価値だとすればその初動を生み出し、価値の実態やその動きが見えづらければ見える化をして、価値だと感じる人のもとに届くような導線や仕組みをつくる。

今までのように「toB」の仕事が中心になると思われるが、良いご縁があって新しく関わることになったものには心火を燃やして臨む。

「toC」を意識したこのような取り組みもバリューディレクションの一つ。

2についてはざっくりこんな感じだ。

「シリコンバレー式超ライフハック」という本の中に、こんな話が出てくる。

他者への奉仕に自己を差し出すことで自分が立派な人間であるかのように感じてしまう、という指摘には考えさせられた。それは自己犠牲の文化について多くを物語っている。

僕たちは自己犠牲を尊ぶあまり、それを厭わずに頑張る自分を聖人ででもあるかのように勘違いしてしまう。

仏教僧でも、ワーカホリックでも、親でも同じだ。

この自己犠牲の文化と価値観が、僕たちのパフォーマンスを妨げている。

他者のケアに心を砕いている人にとっても、それが仕事という人にとっても、セルフケアを優先することがいかに重要で、それを怠ったら何が起こるかを、ゲンポは教えてくれた。

これは要するに、人の役に立つには「セルフケア」を重視せよ。

ということである。

今年掲げた行動指針においても、1があっての2であり、2が先にくることはそもそも考えていない。

だからこそ「社会と自分の血流をよくする」ではなく「自分と社会の血流をよくする」なのだ。

この順番はきっちり遵守する。

自分の仕事と仕事生活をつらぬくコンセプトを「メタファー」で獲得する

以上のような内容を年初めに整理していた時、昔読んだ一冊の本をふと思い出した。

イギリスで最も飲まれているクラフトビール「BrewDog(ブリュードッグ)」の共同創業者であるジェームズ・ワットの著書「ビジネス・フォー・パンクス」という本だ。

この本には、実地体験で得られた教訓が、痛快な文章で書かれていて、ビジネスのノウハウというよりも「生き方」を学ぶことができる。

ジェームズ・ワットは「パンクの精神と哲学」でブリュードッグを経営し、ここまで事業を成長させてきた。

普通、「パンク」というと、既成の秩序の破壊、権威の否定、体制への反抗という面が強調されるが、ワットのものはそれだけではない。

虚飾がなくストレート、実質むき出し、これらも「パンクの精神と哲学」の重要な側面となっているのだ。

短い文章で歯切れよく、自分の言いたいことだけをスカッと言い切る。

著者の文体がもう十分にパンク。一文一文暑苦しいぐらいの熱量を帯びたメッセージになっていると感じた。

この本の監修で「GIVE&TAKE」などで知られる一橋大学の楠木建教授は巻末でこんな解説をしている。

少し長いが引用にて紹介させていただく。

ブリュードッグが実際に作って売っている商品はクラフトビールであり、その使命は「自分たちと同じくらい世の人々を上手いビールに夢中にさせる」ことにある。

しかし、具体のレベルではビールであっても、思考と行動の基準はあくまでもパンクという包括的なコンセプトにある。

著者がクラフトビールを心の底から好きなのは言うまでもないが、ビールはパンクのコンセプトを実現するための手段、パンクという精神の乗り物に過ぎない。

(中略)

パンクという価値基準の美点は、それがメタファーだということにある。一定の抽象性を備えたコンセプトであったとしても、それが例えば「豊かな生活」とか「安心安全」のようなフワフワしたものであれば、経営を駆動していくエンジンにはならない。

パンクという価値観は、「床の間の掛け軸」にも「掛け声倒れ」にもならない。だからといって、やるべきこと・やってはいけないことの具体的な詳細を長々と羅列した無味乾燥なルールブックでもない。

十分に抽象的で、多面的、包括的なコンセプトでありながら、具体的な判断や行動を容易に想起させる。

そうした価値基準を持つためにはメタファーがきわめて有効だということを本書は教えてくれる。

著者はパンクというメタファーを軸にして思考し、一つひとつの意思決定をし、それを実行している。著者の経営にとって、パンクという価値観は、言葉の本来の意味での基準になっている。それはいたってシンプルな基準である。

「それはパンクかどうか」を自問自答すればおのずと答えは出てくる。パンクなことをやり、パンクでないことはやらない。パンクな人材は採用するが、パンクでない奴は「ブリュードッグ号」には乗船させない。

具体的なレベルでパンクなことを選択し、次々に実行していく。そうした実験の施行の中でさまざまな成功や失敗が生まれ、学習が蓄積される。こうした一連の過程を重ねることによって、起点にあるパンクの精神についての理解も深まり、豊かになっていく。

ブリュードッグにとってパンクが何を意味するのか、コンセプトの解像度が高まっていくのである。この繰り返しでブリュードッグは発展してきたと言えるだろう。

ようするに、それがメタファーであるがために、パンクという価値基準の定義は具体と抽象の反復運動を起こしやすいのである。ここにメタファーの強みがある。

(中略)

自分の仕事と仕事生活を貫くコンセプトをメタファーで獲得する。

経営者であろうとなかろうと、これこそが仕事の一丁目一番地に他ならない。著者にとっては、それがパンクであり、パンクの精神でつくったクラフトビールだった。

要すると、「パンクというコンセプトがメタファー(隠喩)であることが、ブリュードッグの経営を駆動してきたのではないか」ということである。

ここで「ビジネス・フォー・パンクス」の話を持ち出したのは、私が掲げた「血流をよくする」は「パンク」と近しい性質をもったもの、つまり「メタファー」と捉えることができるのではないだろうか、という考えがよぎったからだ。

思うに、

どのように生きたいのか?

どのように働いてどう生きていきたいのか?

どのように暮らしたいのか?

というようなことをじっくりしっかり考えた上で、そこから抽出されたアクションというのは場当たり的になりにくい。

もしかしたら、この指針があることによって、仕事と生活を包括的に駆動することができるようになり、今まで以上に行動に推進力が出て来るのかもしれない。

もちろん「答え合わせはまだ先」だ。

こんなご時世ではあるが、今年もなんだか面白い一年になりそうな予感だけはしている。

2021年もどうぞよろしくお願いします。

Photo by Emma Simpson on Unsplash

【著者プロフィール】

○HTML名刺 ▶︎ 田中新吾

ブロガー 、サユラー(白湯愛好家)、バリューディレクター(VD)

主な仕事は、新たな価値の発見や再定義(ValueDesign)、言語化やデザインによる価値の見える化(ValueCreative)、価値に人が集まる仕組みづくり(ValueMarketing)。所属は複数。

○Twitterアカウント▶︎田中新吾

◯Facebookアカウント▶︎田中新吾

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