コミュニケーション

「悪い知らせ」はさっさと伝えないと不幸せになる、という話。

マーケティングコンサル時代に学んだことの中で、最も重要な事項の一つは、間違いなく「悪い知らせはさっさと伝えること」だった。

例えば、こんな話だ。

もう6年以上も前のことである。

私はYさん(仮名)と、ある大手デベロッパーのリサーチプロジェクトを担当した。

そのクライアントは、私が担当していた顧客の中でも優良顧客と呼べる1社で、太く長くお付き合いをさせてもらっていた。

Yさんの以前は、Sさん(仮名)とプロジェクトを一緒に行うことが多く、実際Sさんのおかげで優良顧客になっていたようなものだった。

ところが、Sさんはステップアップを理由に別の会社へ転職をしてしまった。その代わりに入ってこられたのがYさんである。

年齢は私よりも遥かにうえで経験豊富なベテランだと聞いていた。

役割分担は私がプロジェクトマネージャーで、YさんがSさんに代わりリサーチャー。

東西主要都市のマンションオーナーに対して定性調査を行い、新しい顧客価値になる濃い仮説を導出することがプロジェクトの第一義であった。

Yさんだけでは実査のすべて行うことは物理的に不可能だったため、私もリサーチャーとしてマンションオーナーさんのところへ出向いたりした。

東西にまたがり、期間は短く、数も多かったので遂行するにはなかなかハードだったのだが、実査に関してはスケジュール通りに終えることができた。

ところが、納品間際に問題は起こった。

予定ではYさんがまとめるレポートに対して私がチェックを行いフィードバックをし合いながら納品のクオリティレベルを高めていくはずだった。

ところが、最初のレポートがスケジュールどおりに上がってこない。

万が一ズレ込んだとしてもここまでにという妥協点も示していたがその日になっても出てこない。

迫りくる納期に痺れを切らした私はYさんに尋ねた。

「一体どうなっているんですか?」

するとYさんは

「すみません、まだできてません」

と述べた。

「え、もう納品明後日ですよね?」

「一体どうするつもりですか?」

Yさんは「すいません、やりますから」という。

「このままでは絶対にヤバい」

そう思った私は「どこまでどのレベルで出来上がっているのか見せてください」とYさんに伝え、そに時点のすべてを見せてもらった。

案の定、Yさんだけでは納期までに到底間に合わないことが分かった。

私にとってそれは非常に「悪い知らせ」だった。

「間に合わない可能性やリスクがあるならもっと前に言ってください」

「会社にとっても私にとっても大事なお客さんなので下手なことできません」

と伝え、私もレポートの作成に加わった。

徹夜もして作業を進め、結果的に事なきを得ることができたのだが身が縮む思いをしたのは今でもはっきり覚えている。

あとになって分かったのはどうやらYさんは、同じタイミングに複数の納品案件が重なっていて平静さを失っていたということだった。

人のことをとやかくいう以前に自分がこのトラブルを未然に防ぐことができなかったことを猛省したのと同時に、「悪い知らせ」はさっさと伝えないと不幸せになる。という教訓をこの時私は心得た。

一般に、「誰かに悪い知らせを伝えなくてはいけない」というような困った状況にかぎって人はつい「先延ばし」をしてしまう。

「先延ばし」とは、やり遂げなければならないと分かっているタスクから「注意」を逸らす行動のことである。

「注意散漫」と「先延ばし」は蜜月の関係にあるため、注意を散漫にする周囲の環境が原因となって、「悪い知らせを伝える」ことを先延ばししてしまっているのかもしれない。

しかし、注意散漫以上に、「誤った願望」「誤った予測」「誤った思い込み」が、先延ばしの根底にあることが実は多い。

例えば、私たちの多くは「締め切りギリギリのプレッシャーの下でこそ最高の仕事ができる」と思い込みがちだが、実際はたいていそうはいかない。

約4,000人の学生を対象にした先延ばしに関する24種類の調査を考察したところ、作業を先延ばしにした学生は、先延ばしをしなかった学生よりも、成績が低い傾向があることが分かった。

そのうえ、だいたい締切の1日前にプロジェクトを完了させる傾向があると自分で分かっている場合でさえ、予定より4日前に完了すると非常に楽観的な見積もりをするものなのだ。

プレッシャーがかかると、より創造的(クリエイティブ)な能力が発揮できると思っていないだろうか。

だが「ハーバード・ビジネス・レビュー」のライターたちが、アメリカ企業で働く高学歴の社員約200人に、勤務時間の終了間際やその日の中心的な活動をそろそろ終わらせないといけない時間帯に、どの程度時間的なプレッシャーを感じるかをオンライン・ダイアリーなどで記入してもらったところ、大きな時間的プレッシャーが創造性(クリエイティビティ)に結びつくと報告している例は非常に少なかった

私たちの「思い込み」はこのように誤っていることが非常に多い。

「予測」や「願望」についても同一だ。

つまり「誰かに悪い知らせを伝えなくてはいけない」時は、ほとんどの場合「悪い知らせを伝えてしまうと怒られるのではないか」という、誤った思い込みや予測によって先延ばしはおきる。

ところが実際は、「悪い知らせ」をその時に伝えずに先延ばししてしまう方が後で圧倒的に怒られる。

なぜなら「悪い知らせ」が早期発見・早期治療が必要な癌のようなものだからだ。知らせるのが遅れれば遅れるほど悪化する。

よって、「誰かに悪い知らせを伝えなくてはいけない」という状況になったら何がなんでもそれを速やかに伝えなければいけない。

しかしながら、やはり誰かに「悪い知らせ」は伝えるのは心情的にきつい。

では一体どうすればいいのだろうか。

思うに、このような時のために「終わり良ければすべて良し」という諺がある。

これに従えば「誰かに悪い知らせを伝えなくてはいけない」時の対応はしたのようになるだろう。

①「悪い知らせ」は「良い知らせ」を「セット」にして伝えること

②「悪い知らせ」は「良い知らせ」の「後」に伝えること

実際に、行動経済学の始祖の一人 ダニエル・カーネマンはこのことを確かめ、「ピーク・エンドの法則」と「持続時間の無視」と呼んでいる。

・ピーク・エンドの法則

 ──記憶に基づく評価は、ピーク時と終了時の苦痛の平均でほとんど決まる。


・持続時間の無視

 ──検査の持続時間は、苦痛の総量の評価にはほとんど影響をおよぼさない

つまり、人が感じる「苦痛の記憶」は、その持続時間ではなく、「一番苦痛だったピーク時」と「最後の苦痛」の平均によって残るということだ。

したがって、「悪い知らせ」をどうせ伝えないといけないならば、「ピーク」自体を変えることは難しいが、「最後」の部分を「良い知らせ」にすることによって、その話の全体印象を変えることはできる

人はみな、「誰かに悪い知らせを伝えなくてはいけない」ことに対しては等しく嫌だ。

それでも、物事を推進していける人とそうでない人とで分かれるのは「終わり良ければすべて良し」という視点を保有しているかどうかが違う。

このような視点を持っているからこそ、「悪い知らせ」を先延ばしをすることなく、さっさと伝えて相手と自分の双方が不幸せにならないようにできる。

私はこう認識している。

私が辞めるよりもずいぶん先に辞めてしまったこともあり、Yさんとはもうすっかり疎遠になってしまった。

でも、Yさんのことを思い出す度に、「誰かに悪い知らせを伝えなくてはいけないときこそさっさと伝えなきゃ」と強く思う。

Photo by Karim MANJRA on Unsplash

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